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大阪高等裁判所 昭和40年(う)1256号 判決 1966年11月30日

被告人 堀田薫

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人北尻得五郎・長山亨共同作成の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

所論は要するに、

(一)  公衆浴場法の規制対象はいわゆる「銭湯」に限定さるべきであつて、本件のごとき「トルコ風呂」にまで及ぼすべきものではない。

(二)  同法二条二項本文後段の適正配置に関する規定およびこれをうけた大阪府公衆浴場法施行条例二条の規定およびこれにもとづいてなした本件大阪市長の不許可処分は、職業選択の自由を保障する憲法二二条に違反する。

(三)  被告人の本件無許可営業行為は、同法の許可の対象とならない営業行為であるから同法八条一号、二条一項の構成要件に該当しない。

(四)  被告人の本件無許可営業行為は、構造設備の面において許可条件を備えており、当然許可をうくべき適法行為であつたのに、大阪市長が違憲無効の不許可処分をしたためこれを原因として発生したものであるから違法性を阻却する。

しかるに、原判決が被告人の所為に対し同法条を適用し有罪の認定をしたのは、法令の解釈を誤つた違法があるというにある。

案ずるに、原判決挙示の証拠並びに原審証人広島英夫(一、二回)、羽倉正敏、房谷保の各証言、西川保、稲毛忠孝、玉岡光男、轟木律子、野元静枝の各司法警察職員に対する供述調書、被告人作成の公衆浴場営業許可申請書(添付書類を含む)、大阪市長中井光次作成の不許可通知書を総合すると、つぎの事実が認められる。本件浴場は、大阪市西成区山王町四丁目一二番地の宅地二一七・二九坪上所在木造瓦葺二階建一棟延二七五・八九坪の建物であつて、階下入口に一一五・〇四一平方メートルの玄関ホール、その奥にスタンド入口より東側に受付事務室、従業員更衣室、西側には八二・五平方メートルのロビーがあり、中央部に階段があつて二階に通じ、個人浴室が階下に一〇室、二階に二〇室あり、一室の面積は一四・八平方メートルないし一六・五平方メートル位あり、浴室の内部にはマツサージ台、むし風呂および浴槽がある。そして右建物の東南隅にはネオンライトで「観光トルコニユー世界」なる看板が掲げられてあり、浴客はまず玄関右側のレジで入浴料八〇〇円サービス料三〇〇円(昭和三九年頃からは入浴料九五〇円サービス料三五〇円)を支払うとボーイの案内でロビーで待たされ、やがてトルコ娘と称する従業員につれられて個室に入り、むし風呂や浴槽に入浴したのちトルコ娘のマツサージをうけ、最後にロビーでジユース一杯の接待をうけて帰る仕組になつており、その間は概ね一時間である。しかも浴客は銭湯に比し少数であつて、付近住民に限られず衛生目的よりも娯楽を求めて参集するのである。

被告人は、昭和三七年三月頃トルコ風呂の経営を思い立ち、同年五月初め頃、当時料理店「世界」であつた右建物をその敷地とともに所有者である小谷喜久恵から六五〇万円で買取り、経費四、五千万円をかけてトルコ風呂営業に適合するよう右建物の改造にとりかかり、その改造中である同年六月六日建築士相徳二朗をして大阪市西成保健所に対し公衆浴場営業許可申請書を提出させたのであるが(公衆浴場法二条一項の知事の許可権は昭和三一年六月一二日法律第一四七号により大阪市においては大阪市長に委譲された)、同年七月一〇日大阪市衛生局より右申請は大阪府公衆浴場法施行条例二条に定める配置の間隔を有しないから許可になる可能性なく改造工事も中止せられたいとのいわゆる「行政指導」をうけたのである。しかし被告人としてはさきに同一業態のトルコ風呂「ニユージヤパン」が至近距離に公衆浴場がありながら許可になつた事例を知つていたので、設備さえ完備すれば許可になるものと考え、右建物の改造工事を進め、同年八月二三日これを完成した。ところが大阪市長からは同年九月一二日付で被告人に対し、右申請はその設置場所が周辺既設浴場との距離関係において右条例二条に定める配置の間隔を有しないうえ、付近の状況を考察した結果現況では同条但書三号の要件に適合するものがない、すなわち公衆浴場法二条二項にいう設置の場所が配置の適正を欠くものと認めるとの理由で不許可となつた。しかし被告人としては建物の改造工事も完成し設備も完備したのでトルコ娘一五、六人等の従業員を雇入れ同年九月二八日より本件「トルコ風呂」営業を開始したのである。

そして右事実のほか、被告人の昭和三七年一一月一二日付司法警察員に対する供述調書によると右申請当時被告人経営のトルコ風呂所在地の東北約九〇メートルの地点に公衆浴場「玉の湯」が、また南西約一一〇メートルの地点に同「飛田新温泉」が存在していたことが認められるが、<証拠省略>を総合すると、いずれも大阪市内において、被告人経営のトルコ風呂と類似の浴場「ニユージヤパン」は一五メートルの間隔をおいて既設の公衆浴場「大阪温泉」があるのに昭和三六年二月二一日、同「上六トルコ温泉」は四八メートルの間隔をおいて既設の公衆浴場「生玉温泉」があるのに昭和三〇年七月二六日、同「関西トルコ温泉」は七〇メートルの間隔をおいて既設の公衆浴場「白鷺湯」があるのに昭和三五年二月二日それぞれ大阪市長より許可のあつたこと並びにこれらの許可の理由はトルコ風呂を特殊浴場として同条例二条の設置場所の配置の基準によらずもつぱら構造設備の基準に適合したことによるものであることが認められる。

以上の事実を基礎として当裁判所は所論に対しつぎのとおり判断する。

所論(一)について

公衆浴場法の規制の対象となる「公衆浴場」とは、温湯、潮湯、又は温泉その他を使用して、公衆を入浴させる施設をいう(同法一条)のであるから、被告人経営のトルコ風呂が前記認定の業態からみて右の「公衆浴場」に該当するものであることは明白である。もつとも、「公衆浴場」の普通形態はいわゆる「銭湯」と称する施設であつて、これを本件の如き「トルコ風呂」の施設とを比較すると、前者の料金は法令の規制を受けて極めて低廉であるのに対し、後者の料金はかかる抑制を受けることなく相当高額であり、前者は多数の地域住民が日常利用するものであるのに対し後者はこれに限定されることなく利用者も比較的少数であり、その設備構造サービスの点においても後者は前者に比して格段にすぐれており、結局「銭湯」が地域住民の日常生活上極めて必要な公衆衛生施設というべきものであるのに対し、「トルコ風呂」はむしろ観光、遊覧を主目的とする施設ということができるのである。しかしながら「トルコ風呂」も前記の如く温湯等を使用して公衆を入浴させる施設であることにかわりはないのであるから、たとえ公衆浴場法中の個々の規定においてあるいは「銭湯」と別異の取扱いを受ける場合があり得るとしても、同法本来の目的である公衆衛生保持の見地からする規制を免れないのは当然のことというべきであり、その意味において同法が「トルコ風呂」には全面的に適用されないという所論には賛成できない。

所論(二)について

公衆浴場の普通形態たる銭湯が地域住民多数の日常生活において、公衆衛生上極めて必要な施設であることは論をまたないところであるから、設置につきこれを業者の自由競争に委ねるときは、その濫立をまねき、健全な経営を損い、共倒れ、衛生施設の低下等をもたらし、利用者たる地域住民に甚しい迷惑を蒙らせ、公衆衛生上面白からぬ事態をまねくことが十分考えられるところから、設置場所について距離的制限を施し、その濫立を防止して健全な経営をはかることは公共の福祉にかなうところであり、たとえそれが職業選択の自由を拘束する面があるとしても、やむを得ぬ規制といわねばならない。

公衆浴場法二条二項後段が公衆浴場の設置場所が配置の適正を欠くと認めるときはその設置を制限しうることを定め、同法に基く大阪府公衆浴場法施行条例二条において具体的にその距離制限を定めているのであるが、右に述べたところにより、これをもつて職業選択の自由を定めた憲法二二条に違反するものということはできないのである(最高裁、昭和三〇年一月二六日大法廷判決参照)。

所論は更に右法令が違憲であることを前提として、本件トルコ風呂の設置に対しなされた大阪市長の不許可処分も又違憲であると主張するのであるが、右法令を違憲とすることができないことは前記の通りであるから該処分を以て当然違憲とする主張は当らない。然しながら、本件トルコ風呂の如き施設が右法令による設置場所の適正配置の規定の適用を受けるものかどうかにつき案ずるに、同規定の趣旨とするところは前記の通りであるが、本件の如きトルコ風呂はたとえ自由競争の結果濫立をまねいたとしても、銭湯の如き一般公衆浴場の場合とは異り、多数の地域住民に甚しい不便と迷惑を及ぼすということは考えられないからその設立を距離的に制限しないと公共の福祉に反する結果を生ずるということにはならない。従て右法令における設置場所の適正配置の規定はかかるトルコ風呂には適用されないと解するのが相当であるから、大阪市長が本件トルコ風呂にも同規定の適用があると解し、その設置場所が距離的制限に反するとして不許可処分としたのは法令の解釈適用を誤つた違法があるといわねばならない。原判決はこの点についても結局同趣旨にでたものであつて論旨はすべて理由がない。

所論(三)について

被告人が本件トルコ風呂営業をするについて、大阪市長より、公衆浴場法二条二項所定の設置場所が配置の適正を欠くものと認められ不許可処分となつたこと、それにもかかわらず被告人がトルコ風呂営業をしたことは前認定の通りであるから、被告人が許可なくして公衆浴場を業として経営したことは明白である。そして公衆浴場法によれば、「業として公衆浴場を経営しようとする者は政令の定める手数料を納めて都道府県知事の許可を受けなければならない」(二条一項)(七条の二により許可権限が知事より市長に委譲されている)と定め、同法八条一号によると、同法二条一項(営業許可)の規定に違反した者は六月以下の懲役又は一万円以下の罰金に処する旨規定しているから、被告人が大阪市長の許可を受けないで本件トルコ風呂営業を営んだものである以上、右八条一号所定の構成要件に該当し犯罪の成立することは当然といわねばならない。もつとも本件トルコ風呂の如きは一般銭湯の場合とは異り、設置場所の配置の適正に関する規定の適用を受けないと解すべきこと既に説示の通りであつて、大阪市長の右規定に基く不許可処分が違法のものであることは明らかであるが、トルコ風呂と雖も公衆浴場である以上同法によるその他の諸種の規制を受くべきことは当然のことであるから、許可なくして営業することができると解すべき理由もなく、また不許可処分が違法であるからといつて本件営業につき大阪市長の許可があつたことにならないことも又自明のことである。論旨は理由がない。

所論(四)について

大阪市長の本件不許可処分が法令の解釈適用を誤つた違法なものであることは前説示のとおりである。しかし私人のある行為を行政上の許可にかからしめた場合、それが法規裁量であつて客観的に許可すべき条件が整つていたとするも、許可がない限り、その行為は行政法上の命令禁止に違反するが故に犯罪とされるのであつて、許可の対象になる行為は元来は何人も自由になしうべき行為であるから行為自体は正当である、または違法性がない、或は不許可処分が無効であつて、その方の違法性が遙に大きいということをもつて、右違反罪の違法性が阻却されるということはありえないのである。また仮に所論の如き超法規的違法性阻却事由なるものを承認するとしても、本件無許可営業行為はその目的、緊急性、必要性等において到底かかる違法性阻却事由を認めるに足るものがないから、所論も又採用するに足らない。

以上のとおりであつて原判決には所論の点につき違法はなく、論旨はすべて理由ないから、刑事訴訟法三九六条により、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田近之助 藤原啓一郎 瓦谷末雄)

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